私とNATが出逢ったのは高校を卒業してすぐの事。

何故が初めて会った気はしないくらい意気投合して、

毎日一緒にいて、そのうち2人で、何かやらない?が始まりの一言でした!

 

その頃ボブマーリーに出逢いのめり込むようにレゲエにはまっていた私は、

レゲエ独特な、ガラ声の野太くて力強い声に魅了され、

その声を出してみたいという衝動にかられ、

喉を潰すまで練習したのを覚えてます。

それからすぐSING JAY(SINGER X DEEJAY)になろう、

2人でレゲエを歌おうと、誕生したのが

 

 

”BROWN SUGAR”

 

 

とわ言え、曲の作り方もわからず、歌う場所もない、

何がなんだかわからない、

でも好きという気持ちとやる気と元気だけは物凄くあったなー!

曲作りという定義がわからず、

その当時大好きだったボブマーリーやジャパニーズレゲエの曲を、

片っ端から全てひらがなにして、

1エイトの中に何文字入れれば曲になるのか、

曲の構成などひたすら分析し、数えてはめてみるという、

無知な私たちは何時間もかけて一曲を完成させていた。

 

 

そんな右も左もわからないまま、

とにかく歌いたいと初めて挑んだのが、

能古島で行われたXAYMACA(ザイマカ)のONE LOVEというイベント。

出演者がボブマーリーのカバーソングを歌うという企画の中、

私たちはRoots Rock Reggaeのリディムでオリジナル曲をガラ声で熱唱したのです。

 

ドレゲエの現場で盛り上がる事はなく、完全にお客さんが固まってるというか、

ド滑りした時の事今でも鮮明に覚えてます。

うまく歌えなかった悔しさと全く受け入れてもらえないもどかしさ、

あの2人何?みたいな視線!2人でステージ裏の草むらで号泣しました。

 

その気持ちがズーットBROWN SUGARの根底にあって、

いつか絶対、皆を虜にするアーティストになると心に誓ったのがあの日でした。

後にKCさん(CHOMORANMA SOUND)は、私たちを珍獣だと思ったと笑ってました(笑)

http://blog.livedoor.jp/chomoranmakc/archives/51777264.html

 

 

それからというもの

ドンズレコードとロッカーズで7インチをあさり、

リディムに自分たちの曲をのせて練習しての毎日。

自分たちでイベントを開催して、歌える場所を作ったりしていた。

当時クラブシーンに女二人組はいなくて、

最初は物珍らしさでイベントに呼んでもらえた。

 

1度出たイベントは絶対また呼んでもらえるように、

2度目はちゃんとギャラがもらえるように、

LIVEは精一杯出しきり、名前を覚えてもらう事が目標とか

一つ一つのLIVEに意味を持たせ挑んでいた、

挨拶、楽屋の使い方、時間には遅れない、

など自分たちなりに考え

年に200本ぐらいのLIVEに出演させてもらえるようになった。

 

イベントのギャラを必死に貯めた私達は、

東京に行こう、2人で東京で華を咲かせようと決めました。

しかし、とある人物の一言が、私達のアーティスト人生を変える事になりました。

 

「今の時代、どこで音楽をしようと場所は関係ないよ。

どこからでも発信できる、自分達でCD出してみれば?

東京に行く事が全てじゃないよ。」

 

2006年

7曲のオリジナルリディムに歌を乗せ完成した、

“DA LIGHT”

初めての自主制作盤が手売りで、あっという間に完売。

 

2007年

1st full album”LOVIBE”発売。

1週目にして、オリコン・インディーズ・アルバム・チャート3位にランクイン。

 

2009年

”DESTINY”でメジャーデビュー。

 

 

 

 

福岡からインディーズ、メジャーで活動できるようになってから、

より多くの皆に音楽を届けたい、共感してもらいたいという気持ちと、

自分たちのスタイルを変えたくない思いの狭間で、

戦っていたと思います。

 

制作に関わる人が増える事の難しさ、

自分達を表現する難しさなど、

上げればキリがないけど、何も考えず自分の思った事を歌詞にして、

メロディーにしていたあの頃とは違っていたのは事実。

でもそんな時にBROWN SUGARを一歩前に踏み出させてくれたのは、

ファンの皆の笑顔でした。

LIVEに駆けつけてくれる方、SNSを通じていつもメッセージをくれた方、

口には出さないけど見守ってくれてる方、

そんな一人一人為に歌詞を届けよう、

自分達だけの音楽が、

皆の音楽になった瞬間を感じる事ができたのは、

より大きいフィールドで活動できたからだと思います。

 

福岡と大阪で育った

どこにでもいる女の子だった2人。

音楽について知識は何一つなかったけど、一つ一つ積み木のように

目の前の小さな目標を、少しずつ大きな目標にし、

自分と向き合い夢を諦めない強い心と今を生きる事の大切さを学び、

めんどくさい事こそ1番大事という事を教わり、

全力で楽しむ事を忘れなかったからこそ

2人の夢は叶ったのだと思います。

 

珍獣と呼ばれた私達BROWN SUGARの名前を

知って頂ける様になってからは本当にあっという間でした。

 

この15年間を支えてくれたのは

いつも近くで応援してくれた、BSファミリーです。

ファンの皆様、関係者の皆様、そんなBSファミリーがいたから

BROWN SUGARは存在できたのだと今改めて感じます。

 

一つずつ積み上げた積み木を、今壊します。

そしてまた一つずつ積んでいきます。

 

突然ですがこのブログをもって

 

BROWN SUGAR 解散します。

 

KAZU引退します。

 

活動休止から時間が経った事本当にごめんなさい。

でもBROWN SUGARはいつも皆の側にいる事は変わりません。

KAZU&NATの心の中にBSファミリーがいる事も。

このブログを読んでくれている、あなたがいる限り何も変わりません。

 

本当に本当に15年間BROWN SUGARを支えてくれてありがとうございました。

 

全ての想いを込めて

THE BEST OF BROWN SUGARを皆様に捧げます。

 

BROWN SUGARとしての音楽人生を一言で表すならば

 

「感謝」

 

皆んなに出逢えた事が、、DESTINY!!

 

心を込めて、、、、ARIGATO!!

 

BROWN SUGARは永遠です 。

 

 

BROWN SUGAR

KAZU&NAT